小川哲氏作、立場の違う者たちのそれぞれの視点から語られるSFヒューマンドラマ。
火星と地球、人と人、隔てる”距離”はお互いをすれ違わせーーー。
あらすじ
それは、出会うはずのなかったものとの遭遇だった。
2125年。人類が火星に移り住んで40年、そこに“安定”という言葉は存在しない。
ISDA(イズダ/惑星間宇宙開発機構)による支配、自由に暮らしたい住民たち、火星社会は静かに揺れていた。
そんな中、“それ”は突如現れた。人知を超えた超常現象とともに。
誰が創ったのか、なぜここにあるのか。
そして、それは人類にとって、希望なのか、それとも――禍(わざわい)なのか。
物語の主人公は目が不自由なリリ-E1102。
火星で生まれ育ち、厳しい訓練をやり遂げ、地球行きの宇宙船に乗る決意をしていた。
それはある特別な人に会うため。白石アオト──地球で暮らすISDAの若き職員。
ふたりの間に交わされた、まだ誰にも話していない約束。
でもその日、リリは運命を狂わす大事件に巻き込まれてしまう。
その事件をきっかけに動き出す“火星と地球の思惑”。
その全てが、“それ”とつながっていく。
複数の視点
本作は、
火星での採掘・研究をしている初老の男性、リキ・カワナベ
火星在住で、地球へ観光のため渡航しようとしている盲目の少女、リリ
火星開発・地球期間計画を主導するISDA所属で、リリの到着を地球で待つ、白石アオト
火星の自治警察に所属する女性捜査官、マル
の4人の主要人物の主観を通して語られる。
立場も置かれている状況も違い、一部以外は面識も無いような人物たち。
地球と火星の抗争に巻き込まれていく中で、その人物たちの運命が交わっていく展開は、複雑でありながら魅力的であります。
また、各々が各々の立場で思うことや、置かれた状況で思想が変わっていく様子の描かれ方にはリアリティがあり、登場人物へ共感することも多くありました。
近未来でも変わらない、人同士の争い
本作は2125年という未来を舞台に描かれています。
そんな未来の、しかも火星と地球を中心とする宇宙を舞台としたものですから、遠い未来のSFに描かれるようなものを想像していました。
しかし、実際のところは火星に移住という目標こそ達成しているものの、人類が相対する問題は私たちのいる現代とあまり変わりません。
火星に住む者たちは遠い異国の、相容れない者たちというように地球側から扱われ、火星側も地球に対して良い印象を持っていないという状況。
そんな中、地球と火星の悪化させる事態が起きて、その諍いの下で個人の思想や企みが行き交っていくというもの。
近未来とはいえ、状況が現代とあまり変わらない様は、現代を風刺しているようでもあり、私たちにとって没入しやすい内容になっているように思われます。
現代に通ずるもの
地球と火星という、かなり大規模な描かれ方をしていますが、本作の状況は現代においても当てはめることのできる描かれ方であると感じます。
ものを見る時、バイアスがかかったり、或いは自分が今知りうること以外には深く知ろうとしないで、ありもしないイメージを作り出す。
そしてその結果、お互いの間に横たわる溝がより深くなっていく。
この現象は、多様性が叫ばれている現代においても残っている、或いは何故かより一層根深くなっているようにも見えます。
本作を通して、現代の問題にも思いを馳せてみても良いのではないでしょうか。
距離
本作の中でそれぞれの問題の根源となる原因は「距離」であり、それが本作のテーマの一つであると感じます。
本作の地球と火星は、2125年になっても互いの距離が変わることなく遠いままで、通信をする際にも連絡に遅れが出てしまい、お互いの思っていることが正確に伝わらないという問題が出ています。
それに伴い、ラグを見越して一気に情報を乗せることもあり、それによりせっかちだとかの、あらぬイメージを形成され、それが火星に住む人への偏見になっている。
主要人物の一人である白石アオトは、この両者を隔てる距離こそが、人と人との心の距離さえも開かせる原因と見るような発言も見受けられました。
そんな距離を縮める可能性を秘めている「スピラミン」という物質をめぐって、地球と火星の距離がさらに開いているような描かれ方をしているのだから、皮肉が効いている描写と言えましょう。
本作は、その「距離」というものに思い悩まされる人々の物語と捉えることもできると考えます。
映像化
本作は、菅田将暉さん出演の映像作品も公開されるそうです。
というより、映像化ありきでの制作だったとのことです。
私は小説という形で、心情描写等が繊細に描かれる形の方が楽しめるので、文章で読ませていただきました。
しかし、小説だと専門用語が多く出てきて、全部を想像できない・把握できないということも多々あると思われます。
ゆるりと世界観に触れたいという場合には、こちらを観てみても良いかもしれません。


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